シアターP の呟き(もしくは嘆き)

告別式にはうってつけの日!!

 

私は2~3年前、高校の3年間で1度も同じクラスになったことがなく、話したこともなく顔もわからない同級生Xが病気で死んだという連絡が回ってきた。私 はその同級生の葬儀には参加しなかった。正直なところ、新聞の死亡記事で知らない文化人が死んだのを知った程度の悲しみしか抱かなかった。そういう(私の ような)人間は葬儀の邪魔であろう。しかし去年の12月に同じく高校の同級生Oと中学の同級生Nが死んだ時は葬儀に参加した。それは、新聞の死亡記事で 知っている文化人が死んだのを知った程度の悲しみを抱いたからだ。前者とは同じ部活(彼は途中で辞めてしまったが・・・)であったし、後者とは中学3年時 に同じクラス(400字詰め原稿用紙20~30枚は喋ったと思う)というような間柄だった。

葬儀に参加する・しないの境界は曖昧だ。その故人との関係の濃さに比例する悲しみの大きさが、ある一定のラインに達した時、私は葬儀に参加する。この死の悲しみを数値化することが出来れば葬儀への出欠を悩む必要(悩むくらいなら行かなくてよいと思うが・・・)もなくなる。

 

そこで、死の悲しみを求める式をつくってみよう!!

 

死の悲しみを構成すると考えられる要素

1.血縁・・・ここでいう血縁は、共有される遺伝子の比率を指す

2.親等数・・・これは血縁、共有時間と重なる部分が多くあるが、血縁×共有時間だけだと配偶者αが死んだ時の、αの配偶者βの悲しみが限りなく0に近くなってしまう(血縁がほぼ0であるから。また配偶者αの死を-表面上だけでも-悼まない様子のβを見たことがない)ので

3.共有時間・・・故人と一緒に過ごした時間の意。私は、人間は社会的な動物でもある、と考える為

取り敢えずこんなモンである。

 

私がわからないこと

1.血縁

自分の親や兄弟姉妹が死んだ場合、話は簡単である。よほど険悪な関係にない限り血縁の濃さ (共有される遺伝子の比率)に比例して悲しみの数値は大きくなる。私は三兄弟の次男で、家族との関係も可でも不可でもないと考えられるので、典型的なケー スとして私の死を考えてみよう。

 

私の親戚関係は図1に示される通りである。

私と1番血縁が近い、父・母・兄弟を集団A(共有される遺伝子1/2)とする。

2番目に私と血縁が近い、父方の祖父母・母方の祖父母・父の弟(叔父A)・母の妹(伯母B、伯母C)を集団B(共有される遺伝子1/4)とする。

3番目に私と血縁が近い、いとこ を集団C(共有される遺伝子1/8)とする。

最後に血縁がほぼ全くない親戚、父方叔父の奥さん(伯母A)、母方伯母B(次女)の旦那さん(叔父B)、伯母C(三女)の旦那さん(叔父C)、兄の奥さん(義姉)を集団D(共有される遺伝子1/G G<8)とする。

悲しみの大きさはA(1/2)>B(1/4)>C(1/8)>D(1/G)と考えられる。悲しみの要素1は「血縁K(K≦1/2)」とする。

 

2.親等数

これは単純に親等数が小さければ小さいほど悲しみは大きくなると考えられるので、要素2は「1/親等数」とする。

 

3.共有時間

これは長さに比例して悲しみも大きくなると考えられる(反比例はしないだろう)ので要素3は「t(共有時間)」とする。

以上により

       死の悲しみ=K(血縁)×(1/親等数)×t

と考えられる、要素同士を掛けたのは互いに独立していない為である。しかしこれではまだ一つ要素が不十分であることに気づいた。

 

*父の死=子の死?*

共有時間tが同じだとしたら子の死んだ時のf(子)と、父の死んだ時のf(父)の値は同じだ が、子が死んだ時の方が「若くして・・・」「不憫な・・・」「親不孝な・・・」と同情(非難も含む)を集めやすいのは、子の親が持つ遺伝子の継承可能性が 失われたからである(まさに親不孝!!)。つまり年齢と反比例して-代を下れば下るほど-死の悲しみは大きくなるので、要素4は「1/年齢(数え年)」と する。「(自分の年齢-故人の年齢)」だと死者が年上の場合f(x)の値がマイナスになり喜んでいることになってしまう。

 

要素4.年齢(数え年)も他の要素と独立していないので

       死の悲しみ=K(血縁)×(1/親等数)×t×(1/年齢)

で求められるであろうか。

 

 

*アカの他人の死

全くのアカの他人の死を考える場合、親等数は限りなく∞に近く、血縁K、共有時間tは限りな く0に近い(何処かで擦れ違っているかもしれない・・・)ので、計算上悲しみの値は年齢が低ければ低いほど大きくなる。従って15歳より10歳が、10歳 より5歳が、5歳より1歳の死に悲しみを感じるはずであるが、1歳の死は15歳の死の15倍悲しいだろうか?この数値と感覚のズレの原因と考えられるのは

1.赤子の死は出産時及び新生児期等に比較的頻繁に起こるが、助産院及び産婦人科勤務でもな い限り接する機会は乏しく(元々死に接する機会が少ない訳だが)、15歳の死よりもニュースバリューが低い為メディアにも載りにくい。つまり私(達?)は 赤子の死にあまり接しない環境に生きている。

2.赤子の死は、自分の記憶に照らし合わせることほぼが出来ない(私は自分が入った産湯の盥 のふちに射していた日光を憶えていない)。例えば中学3年時に自殺を考えた人間は、10年後にニュースで見た15歳の自殺に、赤子の死より強く揺さぶられ るような気がするかもしれないが、これは赤子の頃の記憶が無い為15歳の死と比較することが出来ない、とするのが精確である。

 

死の悲しみ=K(血縁)×(1/親等数)×t(共有時間)×(1/年齢)

 

多分上記の式は間違いや過不足を含んでいる、すみません。

只私がやりたかったのは死の悲しみを数値化 し、葬儀への義理的出席を避け、喪家(と勿論私)の負担を減らすことである。おそらくもっと精確に悲しみの値を求める式をつくるには遺伝学と、社会学、そ してもちろん数学の知識が必要なのだが高卒のフリーターにはこれで限界だ。よってここまで読んでくれた皆さん(特に遺伝学、社会学、数学の知識のある 方!!)、上記の式の間違い、過不足を遠慮なく下記コメント欄にてご指摘いただきたい。