シアターP の呟き(もしくは嘆き)

目を閉じてみる

未成年犯罪者や風俗嬢の写真の目の部分を隠すのは何を意味しているのだろうか?

 

 

黒い線だったり、モザイクだったりで、必ず、目を、隠す。決してアゴではない。しかし顔面は筋肉がたくさんあるため、表情の変化ゆえ、写真だけで個人を特定するのは難しい。

 

 

生体認証技術で顔から個人を特定する場合、目以外にも耳、鼻、口などから総合的に判断するらしい。これが、目だけ隠せばどれ位精度が落ちるのかはよく分からないが、髪の毛、眼鏡、スカーフなどが認証の邪魔になったり、顔の位置や表情、背後の照明、加齢などでも精度が落ちるという。

 

米国の生体認証技術

 

 

しかし何故口でも、鼻でも耳でも、勿論アゴでもなく、目であったのだろうか。

 

 

 

私は以前、1万円くらい払うと、女の子が指定の場所にやって来て、何やら色々してくれるというサービスを利用したことがある。シャワーから戻る私を、女の子は、そのサービスの一環で自主的にアイマスクをし、静かに待っていた。

 

そのとき私は、これは一体どういうことなのだろう、と考えた。

 

アイマスクをするということは、見ることを拒否する、ということである。アイマスクをして寝る人は夢以外に何も見ていない。この女の子の場合は私を見ていない。全く見ていない。まぁ確かに見るべきほどの人間でもないので、気分を害したりはしなかったのだが。

 

女の子は私を見ていないし、私に見られているかどうかも見ていない。つまり自分の視線を閉ざすと同時に、他人からの視線の確認も拒絶している。視覚を失った女の子は他の四感を研ぎ澄ましている。アイマスクをした女の子の中では、聴こえたモノ、香ったモノ、味わったモノ、触れたモノが全てである。それ以外は存在していないに等しい。

 

 

私「怖くないんですか?」

女の子「少し怖い」

 

 

もしかしたら女の子にとっては、お客さんを見ない方が気持ちが振れないのかもしれない。汚いオヤジや、枯れゆくハゲ、不気味な若者を度々直視するのは精神的に参りそうだ。

 

しかし何故人(顔を含め)を見ると精神的に参るのだろうか。

 

日本人は人の目を見て話さない、と言われているらしい。これがどのくらい普遍性があるのか知らないが、その通り私は見ない。私の言い訳としては、その人の発した言葉に集中しているので、出来れば何も見たくない、目を閉じてしまいたい。しかしホントに目を閉じたら殴られるので、どこか明後日の方向ならぬ、8時間後位の方向を見ている。

 

同時に日本語での会話における一番の特徴は、おそらく「本音と建前」であろう。言葉では基本的に「建前」を話す。「本音」は胸のうちに秘めている。本人は秘めているつもりでも、他人から見ると本音が透けて見える(ような気がする?)時がある。それは言葉に倣わず、顔が笑っていたり(逆に引きつっていたり)する場合だ。

 

このように、言葉と表情が矛盾している場合、会話の受け手には発言者の意図を察する力が凄く問われる。言葉(建前)に100%反応するべきなのか、表情(建前)に100%なのか、その間のどこか(例えば言葉30%、表情70%など)なのか。そしてそれは(確率的に)おそらく失敗する。

 

 

 

つまりめっちゃ疲れます。

 

 

 

アイマスクをした女の子はつまり相手の表情(つまりは「本音」)を拒絶している。敢えて、言葉や香り、味や接触に全てを委ねている。そして私達の「本音」は拒絶され、「建前」は弄ばれる。

 

 

これらの流れを一般的に女の子側から見て、完全試合、と呼ぶ。

 

 

 

 

私の好きな米国映画で、コミュニケーションに疲れた夫婦が関係を破綻させそうになりながらも、ギリギリでそれを回避し、夫が妻に謝罪し、今後の自分達の関係性の行方を問うシーンがある。

 

 

 

妻「それなら今すぐやらなければならないことがあるわ」

夫「それは何だ」

妻「FUCKよ」

 

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コメント: 1
  • #1

    Wilber Ruhland (木曜日, 02 2月 2017 05:42)


    Ahaa, its pleasant discussion on the topic of this post here at this website, I have read all that, so now me also commenting here.