シアターP の呟き(もしくは嘆き)

帰って来た自(他)爆精神

自爆は危険である、当たり前だ。

 

 

自爆は自爆を誘発する、そして自爆を続けていくと最後に一人残される。そして出遅れた彼はたった一人で自爆する。最も虚しい自爆とは自分だけが死ぬケースである、それは殆ど爆死する前から死んでいたに等しい。

 

 

そう、ホントは可能なら「他爆だけ」をしたいのかもしれない、空高く舞う名も無き爆撃機の様に。あぁきれいに旋回しながら、あぁ他人事の気分で、人をゴミの様に、あぁ、あぁ。

 

 

しかし結局他爆は、自爆の一種なのである。自分が死ななかった自爆のことを、他爆と後から呼んでいるだけで、爆撃に変わりはない。全ての他爆は自爆未遂なのである。自爆という、燃えながら燃やすという被嘲笑的矛盾を、私は楽しみたいのである、真顔で。

 

 

「やきそば牛丼」のことである。私はまだキャンペーンが始まる前の予告ポスターを見ただけで、本能的に死を予感した。やきそば牛丼は死の臭いがした。そして私は震えた、うぅ…これが、これこそが正しい自爆なのだ、と。チャレンジ精神などというフレーズを鼻で笑い(笑われ)、よーいスタート、の掛け声と共に明後日の方向に飛び出していく。これこそが私が信じた牛丼精神なのである。行け、何処へでも、炭水化物へ、炭水化物から再び炭水化物へ、何度でも炭水へ、踊れ青のり、死ぬまで踊るんだ。紅ショウガは既に血に染まっているぞ‼

 

 

そう、我らの撃墜王はB29ではなく広島焼きと戦っている。

 

 

しかし自爆攻撃は基本的に資本を浪費するだけに終わるという宿命にある。そういう意味においても「自爆」なのである。つまり自暴自棄自爆し続けていると最終的に資本元が消滅する、といういわゆる中央政府消滅状態に陥ってしまう。だからこういう「自爆」は一年間健全に他爆してこれた(つまり何とか生き残れた)ご褒美なのである。年に何度もお目にかかれるものでは無い。

 

「ああああぁ‼‼……機体…丼から湯気…じゃなくて煙がっっ‼‼……」