シアターP の呟き(もしくは嘆き)

すみませんではすみません

「すみません」という言葉は、現代において矛盾を孕んでいる、ように思える。

 

 

何か被害を与えてしまった相手に対し、「このままでは私(被害を与えた本人、加害者)の気が済みません」といったような語源もつ言葉らしく、それに加えて現代では-私の推測では-「あなた様の私(加害者)に対するお気持ちが済まないことも、私(加害者)は重々承知しております」的なニュアンスを感じる。筆者Pだけかもしれませんが。

 

しかし書くまでもないが、あなたの気持ちが「すむ」のなら、「私の気がすみません」なんてことはどうでもいいことであり、逆にあなたの気持ちが「すまない」が、「私の気」は「すみ」ました、という状況も両者にとっての言葉を介した時間と労力に対する期待される効用はそう高くない。

 

 

つまり状況は4パターンあり、上から順に-私が思う-両者の幸福な結末を示してみる。

 

1.あなたの気持ちもすみ、私の気持ちもすんだ(あなた〇 私〇)

2.あなたの気持ちはすみ、私の気持ちはすまない(あなた〇 私×)

3.あなたの気持ちはすまず、私の気持ちはすんだ(あなた× 私〇)

4.あなたの気持ちはすまず、私の気持ちもすまない(あなた× 私×)

 

 

しかし此処までの前提を完全に覆すようだが、そもそも「すみません」という言葉だけで解決できるような被害に対して、「すみません」なんて言う必要があるのかどうか、という疑問もある。

 

 

 

(例)「…もしもし△△商事さんですか?…すみません、約束の時間に7秒遅れそうです。すみません…。」