シアターP の呟き(もしくは嘆き)

義務と自由と、うんこと権利。

「しかし、他人が関心をもつ点で他人に迷惑をかけるのを慎み、自分自身だけに関係する点で自分の好みと判断にしたがって行動するのあれば、思想の自由が不可欠だとするのと同じ理由で、各人が干渉を受けることなく、自分の責任において自分の意見を実行に移す自由を認めるべきだといえる。」 ―「自由論」(著)ジョン・スチュアート・ミル/(訳)山岡洋一

 

 

私はある日極めて冷静にうんこを漏らした。トイレを探すわけでもなく、そこら中の木陰・路地裏における「可能性」を鑑みることもなく、うんこは私の肛門からするりと退出して行き、私のボクサーパンツに抱きしめられた。空と、私の心は晴れていた。美味い煙草が吸えそうな、そんな気分だった。

 

しかし次の瞬間、ふと、次のような畏れが私の頭を過った。

 

「私は今・・・誰かの権利を侵害しているのだろうか?私のうんこは誰かに危害を加えているのだろうか?・・・その場合・・・・・・私は罰せられるのだろうか・・・?」

 

 

自由における問題の一つは他人との関係性である。

 

 

私には行動の自由がある+他人には権利がある

               =私の行動には限界があり、他人の権利は侵されない

               =私の権利も侵されず、他人の行動も限界がある

 

こんな感じである。


この場合、簡潔に書くと、漏らしたうんこは他人の権利を侵害しているのか、法で罰せられる可能性があるのか、うんこを漏らす自由はあるのか、ということを考察していきたい(いきたいだけで、いくかどうかは知りません)。