シアターP の呟き(もしくは嘆き)

義務と自由と、うんこと権利3

・・・俺には「うんこを漏らす権利」はあるのか。



「権利とは、法によって一定の資格者に対して認められる、一定の利益を主張しそれを享受できる力を指す。言い換えれば、人が自己の意思にもとづきある物事を行ったり行わなかったりすることのできる、法によって認められた資格・能力が権利とよばれるものである。」(法哲学/平野仁彦・亀本 洋・服部高宏)

 

つまりもし俺に「うんこを漏らす権利」があると認められれば、一定の利益を主張でき、それを享受できる、らしい。(うんこを漏らすにあたっての「一定の利益」とは何か?・・・解放感?)


しかし、もしかしたら俺には「うんこを漏らさない義務」が課せられているかもしれない。



「これに対して、義務とは、規範の存在を前提とし、それにより人間の意志および行為に与える拘束のことをいう。」(上記同著)



もし俺に「うんこを漏らさない義務」が課せられているとすれば、俺の肛門の開閉はある程度法律で拘束されている、と考えられる。



おそらく一人の人間が「人を殺す権利」をもち得ないのは、他者の持つ、日本国憲法25条の「生存権」における「人間が人間らしく暮らす権利」に抵触するからである。そして勿論それ故、刑法199条も人の生命を守るために存在している。



このことから、「うんこを漏らす」という行為が誰かの権利を著しく侵害する恐れがある場合、それは法律によって規制され、行うと罰則が科される、と推測される。




俺のうんこは「誰」の「何」を著しく損害するのだろうか?